2010年10月27日水曜日

日韓で思うこと

こんばんは。


昨日、冬空の中を福島まで飛んで帰ってきました。
アクロ専用機は暖房装置すらついていませんので、機内は外気温と同じ。
上空の強い偏西風にのるために、3000mほどの高度をで5時間ほど、氷点下の機内で寒さに耐えながら帰ってきました。
 
(写真は99年の韓国のエアショーのもの。)
(投稿とは関係ありません・・。)


さて、韓国人と日本人について考えてみたことです。
見た目も似ていれば、お辞儀などの風習も非常に似ているのですが、言語は異なります。
しかし、韓国滞在中に多くの日本語を話す方と会うことができました。彼らに聞くと言葉の構成が似ているので勉強しやすいとの事でした。
確かに日本語と韓国語は、ウラル・アルタイ語族という根本的には同じ系統の言語であるので、当然なのかもしれません。
(しかし韓国の方たちは勉強熱心です!)

同語族から派生していった民族としては、同様の文化を形成していくのも当然の流れなのかもしれません。
韓国の基本的な思想の基本には儒教があり、考を中心とする家族倫理が強く、各種の礼はこの思想を背景に生まれているとのことでした。
[仕事の都合で、親の死に目に会えない]、といったことを日本では場合によっては、仕事に対する熱意として好意的に受け取られる場合もありますが、韓国では非情な親不幸としてありえない話となるようです。

儒教自体は中国で生まれ、陸続きの韓国へこれが伝播し浸透していったとの事。
一方の日本は、大海を隔てて世界史から孤立した時間を送ってきたことから、仏教や儒教といったものが伝わりながらも独自の文明を築いてきた結果、武士が支配する封建社会であると同時に前期資本主義的な経済社会観念を、鎖国的状況のなかで築いてきました。
このような地理的な差も、大きく文化の差に結びついて行ったでしょう。(スホーイで飛べば40分足らずの海なのですが・・)

司馬遼太郎さん(好きでよく読んでます)は、「文明とは、多分に技術的で誰もが参加出来るものを指す。文化は多民族にはない特異な迷信・慣習・風習を指す。」と定義しています。
なるほど、話す言葉などの文化は違えど文明は共通。だから我々も国際的に航空ショーにも参加でき、またその土地の人々と交流することができるのだなー、と思ったりしながらの帰国でした。

                                                                                       室屋義秀

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